第30回UBEビエンナーレに寄せて
酒井 忠康
UBEビエンナーレ運営委員長
UBEビエンナーレ(現代日本彫刻展)は、1961年の第1回宇部市野外彫刻展の開催から60年を超える驚くべき事業となりました。
はじまりは宇部の市民運動でした。敗戦を機に荒廃したまちを花いっぱい運動で、何とか再生しようとの声が多くの市民からあがり、さらにまちを彫刻で飾る運動が、人間と自然との接点に彫刻を置くことを眼目として展開されました。
そうして展開された第1回展は、宇部市野外彫刻展と称しましたが、その後名称を現代日本彫刻展に変え、一般には宇部の野外彫刻展と呼ばれて、長く親しまれてきました。今日の名称となったのは2009年のことで、それは国際的なコンクールへと変貌を遂げることになったからです。
ごく最近の朗報として、私の耳に届いたのは「最も長く続いている野外彫刻展」としてギネス世界記録™に認定されたことです。このUBEビエンナーレが、多くの宇部市民の大変誇りとすることになり、また国際的に認知される大きな一歩を踏み出すきっかけをいただいたような気がしています。
ところで私の30年間の審査員経験の個人的な記憶を申しますと、いくつか強烈な思い出があり、そのなかから一つ二つ拾ってお話したいと思います。宇部を台風が直撃したことが ありました。1999年の第18回展のときのことです。強烈な台風が来て、山口宇部空港ではなく、福岡空港からお迎えの車で会場に向かったことがありました。その台風の大きな爪痕をまじまじと眺めた光景を今でも目に焼き付けております。いくつもの樹木がひっくり返っていたような強烈な台風でした。そのときに会場で、軽快に羽をゆらしていた西野康造氏の作品「風になるとき」[図1]があって、それが何か台風のなかで自由自在に、我関せずという感じで立っていて、その颯爽とした姿が、忘れられない記憶として残っています。後日、当の作家に、ベアリングの工夫によるその辺の力学的、構造的な話を聞かされたときにはびっくりしました。
それから1993年の第15回展に、西雅秋氏の「池溝」[図2]という作品があって、事務局の相原幸彦氏が、「酒井さん、困ったことになりましたね」といって 、驚いたような、喜んだような表情で話されたのを覚えています。作品は、土の中に埋められ、 それを引き出して、そしてまた会期が終わると埋めてしまうというもので、彫刻観の逆転劇をまさしく見せられた印象を受けたものです。
私は将来の彫刻について考える難しさを直観しました。このときが私の最初の審査に参加したときに生じた出来事でした。西氏は、鉄が土を食べるんだということを言われて、面白いことを言うひとだと思いました。いかにも鉱物的な鉄が、何か自然のなかでは、生き物のごとくに、生成の秘密に通じた行為を行っているということで 、鉄という素材に対しても、非常に豊かなイメージを持つようになりました。
宇部の野外彫刻展というのは、ギネス世界記録®に認定されたことでも証明されているように、長期に市民運動を中心にして、持続的に今日まで続いているということを、忘れないでほしいと思っています。広い意味での文化活動と言い換えてもいいと思います。文化活動というのは簡単にデザインしてできるものではなく、様々な障害や困難を乗り越え、結果として実るということだからです。その見本を、宇部の野外彫刻展は、今後も末永く続けて、宇部らしいまちづくりと一体化することによって、世界に対しても発信する姿勢を示してほしいのです。
世界はいま、未来に対する明確なヴィジョンを持たないまま、急激な変貌のなかにさらされています。その方策として確かなる言葉の予感をすらつかめない、今日ですが、私はひとつの限定された、ないしは限定した場所=トポスを、想像力の継起として見直してみるべきだと思っています。宇部の野外彫刻展はひとつのそういった象徴的な場所=トポスとして存在しているんじゃないかと思いますし、人間と自然が共生する、生成の現場となっているということ、ないしは未来の時間をひらく場所=トポスとして確認する必要があるように思います。
野外彫刻というのは自然との対話であり、環境といかに共生を図るかの試みでもあります。そして野外彫刻というのはまた、時間的な存在でもあります。場所=トポスの記憶によって、心が動かされるというか、そういうものを再生する喜びにもつながることが多々あるので、それが未来を考えるひとつの視座を与えるんじゃないかというのが、私の希望を含めた感想です。
野外彫刻展に展示されている作品に接した小さな子どもたちが30年程経ったときに、ここにこういう作品があったと思い出すことによって、30年間の様々な時間の変化をそこで追体験する光景を想い起こすことができるような気がします。
つまり、彫刻という苗を時間の記憶として、心に植えるわけです。それをいかに市民運動として上手に育て、その苗をあたたかい目で見て、声援を送っていく―ということを、私たちは問われているのです。
IT時代の子どもたちが、宇部の野外彫刻について感じ、どういう感想を抱くか、そしてまたそこから彼ら彼女らが、どういうヴィジョンを描くのかということを、私は見てみたいと思います。
いまは非常にヴィジョンの描きにくい時代で、ややもすると過去にひっぱられてうやむやの方向に戻ってしまうことがありますが、ITのなかで育った子どもたちは、私たちよりは、もう少し明るい未来の展望を持つのではないかと思います。だからその辺は、子どもたちの想像力に大いに期待するものがあるのです。
以上、十分な思考の整理を得ないまま事務局(三浦梨絵氏)との電話を介して、お話いたしました。ご容赦いただいて、私の挨拶文に代えさせてもらいます。
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